腎性貧血について ~2015年度版慢性腎臓病患者における腎性貧血治療ガイドライン~
腎性貧血治療ガイドラインの2回目の改訂、「2015年度版慢性腎臓病患者における腎性貧血治療ガイドライン」が日本透析医学会ガイドライン作成委員長, 山本 裕康先生のもと発表されました。今回の改訂では今までの血液透析、腹膜透析、保存期慢性腎臓病、小児に加え、腎移植患者も対象となりました。また、目標ヘモグロビン値、鉄補充についてなど述べられています。
目標ヘモグロビン値
血液透析患者10-12g/dL
保存期慢性腎臓病、腹膜透析、腎移植患者 11-13g/dL
ESA治療を行っている腎性貧血患者に対して
フェリチン<100ng/mLかつTSAT (トランスフェリン飽和度 Fe/TIBC) <20%の場合には鉄補充療法を推奨する
ESA治療を行っている腎性貧血患者に対して、以下の条件を満たす場合には鉄補充療法を提案する
・鉄利用率を低下させる病態が認められない場合
・フェリチン<100ng/mL または TSAT<20% の場合
・フェリチン値が300ng/mL以上となる鉄補充療法は推奨しない
鉄は赤血球合成に必要不可欠であり、鉄不足では鉄欠乏性貧血を引き起こします。また、鉄欠乏状態では骨よりFGF 23の分泌が亢進し、心肥大の危険が増えます。鉄を補充することによりFGF 23は低下するという良い面があります。
J Bone Miner Res. 2013 Aug;28(8):1793-803
さらに、鉄には血小板凝集抑制作用があり、脳梗塞や心筋梗塞の予防となる可能性もあります。
一方で鉄は、フェントン反応*を介して細胞内の活性酸素種の産生、酸化ストレスの増加に関与します。活性酸素種は連鎖的に他の物質をラジカル化し、細胞膜の変性やDNAの切断を引き起こすなど、老化や動脈硬化、心血管病の発症に関与しています。こういった一連の反応はトランスフェリンと結合していない鉄、不飽和鉄によって惹起されます。静脈注射によって急速に補われた鉄は不飽和鉄となりえますが、経口で徐々に吸収された鉄はトランスフェリンと速やかに結合するため、不飽和鉄は少なく、酸化ストレスも少ないようです。ただし、経口の鉄剤摂取によって便の色は黒くなり、便秘などの消化器症状が出現することもあります。鉄剤の使用により、グラム陽性菌、陰性菌に対する白血球貪食能が低下し、多核白血球のアポトーシスが誘導され、さらに細菌への増殖に鉄が利用され、感染症のリスクが上昇するという報告もあります。
また、過剰な鉄はヘプシジンというタンパクを増加させ、鉄の流通を妨げ、造血に利用されにくくします。赤血球を産生するのに鉄が必要ですが、鉄が過剰になりすぎると逆に赤血球ができにくくなるのです。また、感染症もヘプシジンの産生を増加させ、鉄の造血へ有効利用を妨げます。感染症による慢性炎症状態はESA抵抗性の貧血を引き起こすことがあります。
濱野 高行先生は造血剤に対する反応性の指標, ERI (ESA resistance index) はTSATが40%に上昇するまで低下し続けること、フェリチン値はTSATのようなERIとの関連は認めないことを明らかにしました (Kidney Int 23-32, 2015)。鉄剤を補うことによる貧血改善の予測にはフェリチンよりもTSATの方が優れており、鉄剤による貧血改善効果はTSAT 40%まで期待できそうです。ただし、鉄剤は、上述の通り、感染症のリスクなども鑑み、今回のガイドラインでは、鉄利用率を低下させる病態が認められず、TSAT 20%未満またはフェリチン100ng/mL未満のとき、フェリチン値 300ng/mL以上とならないように使用を、となっています。
*: フェントン反応
Fe2++H2O2 →Fe3++HO- +HO・
HO・はヒドロキシラジカルと呼ばれ、活性酸素と呼ばれる分子種のなかでは最も反応性が高く、最も酸化力が強い。糖質やタンパク質や脂質などあらゆる物質と反応する。